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東林院 / 種蒔弘法大師 / 宇志比古神社
 
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東林院 / 種蒔弘法大師 / 宇志比古神社 の場所
 
住所
鳴門市大麻町大谷字山田
 
 
赤色 が 八葉山 東林院
緑色 が 種蒔弘法大師
黄色 が 宇志比古神社
 
 
 
地図 左下方向に、
 阿波神社 がある。
 
 
 
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@ の場所から撮影
 
 
 
 
 
東林院 入口
 
入口 左側 方面に駐車場 あり
 
A の場所から撮影
 
四国第1番奥院種蒔大師霊跡 東林院
と書かれている。
 
 
新四国曼荼羅霊場一覧
 
 
第1札所 から 第88札所 までの 
名前 と 場所 が書かれている。
 
 
 
 

八葉山 東林院 とうりんいん
八葉山 東林院
 
 
 
B の場所から撮影
 
四国1番奥之院 八葉山 東林院
と入口に書かれている。
 
東林院略縁起
 
 
 
 
 
 
 
 
東林院略縁記
 
当院は聖武天皇の御宇 天平五年(733年)行基菩薩の
開基にして高野山真言宗 八葉山 神宮寺 東林院と
称し古来 阿波国八門首(薬王寺 神宮寺 鶴林寺
隆禅寺 神應寺 端川院 荘厳院 東林院)の一寺にし
て昔は末寺十六ヶ寺を数え広大なる伽藍なりしが数度の
火難、特に元禄年間(1700年頃)の大火により中絶
同様の小地に成ると雖も歴代住職の精進努力と檀信徒の
篤信により復興著しく特に昭和59年の弘法大師御入定
1150年御遠忌記念本坊新築により往時の威風を偲ぶ
に至る。古来より学問寺として名高く、水原堯榮元高野
山管長の名著「高野版の研究」という図書の一文に
東林院を中心として勃興した学門僧にに哲真 維宝 能厳
龍剛 快盤などの名僧もあり云々。
維宝阿闍梨の如きは特に漢字に精通し、かの弘法大師の
御著「文鏡秘府論」に関する注釈書十八巻を遺す。
哲真阿闍梨は顕教、密教の二教に蘊蓄を究める。
海雄阿闍梨は高野山宝性院(現在の大本山宝寿院)の
第四十二世門首たり、孝明天皇(明治天皇の父)の詣に
より幕末の混乱をおさめ今日の日本の繁栄の源を築く。
その外に霊端 寛宝 両阿闍梨等も当院の出身なり。
近代では昭和九年高野山根本大塔建立の当事者、宮崎忍
を尽くせし、近藤禅海大僧正の名僧を生む。
尚、元禄年間の火災により建立時よりの記録等は焼失せ
るも、京都石清水八幡宮の古文書に、治承二年(804年)に
当院の記録あり。
       平成五年1月吉日 山主敬白  と書かれている
 

大谷焼陶業協会主催 大谷焼窯まつり 陶器市
毎年11月 第2 土、日曜日に
東林院にて開催
 
 
B の場所から撮影
 
 
 
 
 

種蒔弘法大師
種蒔弘法大師
 
 
 
C の場所から撮影
 
 
 
 
 
 
 
 
手前が 種蒔弘法大師
奥が 薬師堂
 
 
 
 
 
 
 
種蒔弘法大師の由来
 
 
 
 
種蒔弘法大師の由来
 
大同3年〜4年(西暦808〜809)頃、弘法大師、
四国霊場御開創の為南海道を通り御巡錫の砌り、当地へ
遊化し東林院に御滞在、農業奨励の為、御身自ら鍬を取
り、米麦の種を蒔き、又、疫病、旱魃の為には御祈念、
御祈祷ありて其の害を救い給い、又一方、民衆を集めて
真言の教えを説き菩堤の善種を蒔き給う。
庶民の大師の御徳を慕う事恰も赤子の慈母に於けるが如
し。茲に於いて大師、当地御出発に当たり庶民の熱望に
答えて等身の尊像を彫刻し給えり。
世に之を種蒔弘法大師と崇め奉り年経るままに其の霊験
は広く民衆、信者の認める所なり。
近年、国の農業政策は種々変れども当地は西日本有数の
農林地域にて、レンコン、甘藷、なし、米、等々、人間
の生命の根本たる食糧、栄養に大いに貢献せられし事は
誠に種蒔弘法大師の御徳霊験と有難く受け止め給う。
 
御詠歌
 種蒔きし、稲穂みのりて、栄えゆく
  大師の恵み、仰げもろびと
 
御詩歌
 よい種をまこう
  よい種をまけば よい花が咲き よい実がみのる
  よい種をまこう
  地球が花につつまれ みんなの幸せが
            たくさん みのるように
  よい種を もっともっとまこう
  今日もあしたもまこう たくさんたくさんまこう
 
         平成五年1月吉日 山主敬白  と書かれている
 
薬師堂
阿波北嶺薬師 第16番霊場 東林院
 
 
 
C の場所から撮影
 
 
 
 
 
 
 
 
御本尊薬師如来 縁起
 
 
 
 
御本尊薬師如来 縁起

天平5年、行基菩薩の御作にして
旧徳島藩主、蜂須賀候の帰依厚く
祈願時として喜捨12貫の奉納あ
り。寛永年間、藩主江戸在勤の時
当院薬師如来に特別御祈祷の仰せ
付けありて、その御祈祷御守礼を
江戸藩主邸へ持参せしその夜、
御本尊薬師如来から藩主を始め、
家臣、中村若狭守へ御夢告のおし
るしあり。その時より本尊を、
身代薬師如来と尊称す。

     平成五年 山主敬白  と書かれている
 
 
 
 
 
薬師堂の前にある
守本尊 十三佛御尊像
 
 
 
 
1番から88番までの石地蔵尊が
1ヶ所にまとめて祀られている。
 
 
D の場所から撮影
 
 
 
 
 
宇志比古神社
宇志比古神社
 
 
 
A の場所から撮影
 
 
 
 
 
 
 
 
E の場所から撮影
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
国指定 重要文化財 宇治比古神社本殿
 
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2005年10月−2006年3月 撮影