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心願の鏡池 / めがね橋 / ドイツ橋
 
 
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心願の鏡池 / めがね橋 / ドイツ橋 の場所
 
住所
鳴門市大麻町板東字広塚 付近
@ 大麻比古神社 大鳥居
A 祓川橋 / バス停留所
B 大麻比古神社
 
C めがね橋 / 心願の鏡池
  ドイツ橋

 
D 駐車場
 
E 鳴門市ドイツ館
  鳴門市賀川豊彦記念館
 
F 映画 バルトの楽園 撮影跡地
 
 
 
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めがね橋 / 心願の鏡池
C の場所 周辺で撮影   大麻比古神社 本堂裏 奥
 
 
心願の鏡池
第1次世界大戦のさなか、中国青島(チンタオ)の戦いで
捕虜になったドイツ兵士 約千人が 大正6年から9年に
かけて異郷の地 板東俘虜収容所に過ごした。
ドイツ兵士達が、遠い祖国を偲びながら1日も早く故国に
帰れることを願いつつ当神域を散策し、記念のため境内に
池を掘ってメガネ橋を配し、小谷にドイツ橋を架けた。
板東の地で、日々を送った兵士達は、地元の人々と国境を
超えた暖かい友情で結ばれ、今も尚、日独友好の灯をともし
続けている。以来70有余年を経て、この度 当神社では
神池を拡張し、メガネ橋の周辺を整備して、「心願の鏡池」
と命名した。
平成4年3月吉日 阿波国一の宮 大麻比古神社 社務所
                      と案内に書かれている。
 
案内ドイツ村公園 に 板東俘虜収容所 跡地があります。
 
水量が少ないときに撮影
 
裏側から撮影
 
 
ドイツ橋
C の場所 周辺で撮影   大麻比古神社 本堂裏 奥
ドイツ橋は、横から見ることが可能です。(通行禁止)
 
裏側から撮影
 
 
ドイツ橋
第1次世界大戦の際、中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人が、
大正6年から9年までの間、大麻町桧の板東捕虜収容所に収容されて
いました。この間地元の住民との間に”国境を越えた人間愛と友情”が
めばえ、高い水準のドイツ文化が伝えられました。バターやチーズの製法、
博覧会の開催、楽団による演奏会等地元の発展に大きく貢献しました。
帰国を前に記念として母国の土木技術を生かし近くで採れる和泉砂岩を
使ってドイツ橋が造られました。
                              と案内に書かれている。
 
徳島県指定 史跡 ドイツ橋 平成16年1月30日指定
 
案内ドイツ村公園 に 板東俘虜収容所 跡地があります。
 
ドイツ橋 通行禁止
 
左側: 獨逸橋 (独逸橋)   右側: どいつ橋  と書かれている。
※ 文字を じっくり見ると どいつ橋は どいゆ橋 とも見えます。
 
ドイツ橋を 横から見る為に 隣に橋があります。
 
 
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2005年10月−2006年3月 撮影